昭和は歌謡曲無しでは語れない。人生の節目、節目で流行っていた歌謡曲。昭和を過ごした人は誰でも人生と歌謡曲が結びついている。昭和の歌謡曲がその時代に流行した曲だとすれば、ジャンルは広い。演歌、ムード歌謡、アイドル歌手の曲、フォークソング。だれでも、「この歌だけは...」という曲があるはず。そんな、昭和の歌謡曲を見つめなおしてみたくなりました。昭和の歌謡曲といっても私は戦後生まれですので、比較的新しい昭和の時代の歌謡曲を聴いて育ちました。人生を生きてきて、心に残った曲を中心に少しずつでも「昭和の歌謡曲」に掲載していこうと思っています。
しかしながら、今から20年以上も昔に流行した曲になりますので、歌謡曲に関する記憶が定かでないため事実と異なった記述があるかもしれません。もしお気づきの点があればご指摘ください。
夜明けのスキャット(由紀さおり)
当時は受験勉強の真っ只中、「夜明けのスキャット」がラジオから流れてきたとき「な、なんだ?」と思った記憶がある。曲の大半が「ルー、ルル、ルー」というスキャットで歌われるが、この曲で初めてスキャットなる言葉を聴いたと思う。
歌詞がない理由を後にもともと深夜番組のBGMで使われていたためと聞いたことがある。それで、深夜のラジオで聞いた記憶の理由も分かった。
「夜明けのスキャット」は、1969年のヒットチャートで第1位に輝くことになる。そして、150万枚のミリオンセラーを記録した。
この年は、テレビでも由紀さおりの「夜明けのスキャット」が流れ、このスキャットが何とも心地よくスキャットの清廉さと青春時代の恋の甘酸っぱさが重なった記憶にのこる曲になったのである。
由紀さおりは歌唱力のある実力派歌手であったが、当時の人気番組『8時だョ!全員集合』でもタレントとしての才能を遺憾なく発揮した。今もバラエティ番組で笑いを取るシーンを見たりする。
現在は、姉の安田祥子と一緒に、日本を代表する童謡歌手として活躍している。童謡や愛唱歌をより沢山の人に聴いてもらいたいと願い、国内及び海外においても公演活動を行っている。由紀さおり・安田祥子姉妹の抜群の歌唱力/ハーモニーは国境も世代も越え、幅広い層から支持を得ている。
「夜明けのスキャット」のほか「手紙」「生きがい」「故郷」などのヒット曲があり、彼女の歌声は聞く人に清涼感を与えてくれる。
ブルーライト横浜(いしだあゆみ)
『ブルー・ライト・ヨコハマ』といえば、私が記憶しているのは、ショートカットでミニのワンピースのいしだあゆみ。「まっちンのあかりンが、とてもきれいねェー・・・」と独特のわずか鼻声でうたういしだあゆみ。田舎で思春期の自分には、都会の横浜を歌ういしだあゆみは、あこがれの女性的存在だった。
『ブルー・ライト・ヨコハマ』が1969年初頭から大ヒットし、150万枚の売り上げを記録した「いしだあゆみ」の代表曲である。この曲のヒットの後、NHK紅白歌合戦に1969年から1977年まで9年連続出場を果たした。
その後は女優に専念。日本アカデミー賞主演女優賞を始め、報知映画賞、ブルーリボン賞等、数々の賞を受賞して今も活躍を続けている。
この『ブルー・ライト・ヨコハマ』は、いろんな人がカバーしているが、NHK朝の連続テレビ小説「てるてる家族」挿入歌として上原多香子のカバーが一番気に入っている。また、横浜をテーマにした歌謡曲の草分け的曲で、「ブルー・ライト・ヨコハマ」のヒットのあと、五木ひろしの「よこはま・たそがれ」などが次々にヒットした。そして、横浜のご当地ソングの定番でもある。
恋の季節(ピンキーとキラーズ)
♪忘れられないの あの人が好きよ♪このフレーズだけで、ピンキーこと今陽子が山高帽と黒いパンタロンスーツで歌う姿が思い出される。
ピンキーは歌唱力抜群で伸びのあるアルト、キラーズこと男性4人組の低音のコーラス、一度聞いたら覚えてしまうメロディ。昭和の名曲であることは間違いない。
ただ、♪夜明けのコーヒー 二人で飲もうと♪の歌詞は、当時高校生だった私にとって意味深な歌詞だった。当時、地方都市にいや都会にも24時間営業のコーヒーショップなど無かった(地方にもコーヒーショップはありました)時代、何処でコーヒーを飲むんだろうなんで想像したりしたものである。
この「恋の季節」は、爆発的な大ヒットでオリコン17週間1位(歴代最高記録)を記録し、240万枚をセールスした。そして、その年のレコード大賞新人賞など、数々の新人賞を受賞し、紅白歌合戦にもグループで出場する。
ちなみに、男女のグループとしての紅白歌合戦へ出場した最初のグループだったらしい。
その後のピンキーとキラーズは、「涙の季節」「七色のしあわせ」というヒット曲を出し、「青春にとび出せ!」というドラマにも主演したのである。
喝采(ちあきなおみ)
「喝采」、この歌を聴くとなぜかじーんとなる。当時は、亡くなってしまった恋人を思いつつステージで歌っているという設定で「ちあきなおみ」自身の実体験を元に作られた曲と信じていて、歌っている彼女の表情や涙から情景を想像してしまいじーんとしたのである。後に全くのフィクションと知るのだが、ちあきなおみの歌を聞くとやはり情景がうかんでしまう。それほど、彼女の歌唱力や曲が素晴らしいのだろう。
彼女の歌声は聞く人を魅了してしまうのだろう。なぜなら、毎年のようにベスト盤などのCDがリリースされたり、テレビでも特集として取り上げられるほど、いまだに多くのファンが存在することでも推測できる。
この曲「喝采」は、1972年のレコード大賞及び歌唱賞を受賞している大ヒット曲である。しかし、同時期に「女のみち」が爆発的なヒットで12週間もオリコン2位という記録を持っている。
「喝采」は徳永英明も『VOCALIST 3』(初回版のみ)等でカバーされているが、もしかしたら、若い世代は、コロッケの物まねの「喝采」と「ちあきなおみ」が有名かもしれない。
「ちあきなおみ」のヒット曲は、「喝采」の他「四つのお願い」、「X+Y=LOVE」、「紅とんぼ」等がある。
現在は、夫の郷鍈治との死別をきっかけに一切の芸能活動を休止し、引退同様の状態となり公の場所にも全く姿を現していない。
君だけに愛を(ザ・タイガース)
「君だけに愛を」を聞くとジュリーこと沢田研二が、スポットライトの中で「オー プリーズ・・・」と歌いはじめるシーンと、客席のファンに向かって指を指すポーズが蘇ってくる。
ブルー・コメッツがレコード大賞を取った翌年になるが、タイガースとテンプターズが若い女性の人気を二分していた。メインボーカルのジュリー(沢田研二)派とショーケン(萩原健一)派に分かれていたのである。
ジュリーは魅惑的な大きな瞳に端整かつ甘美なルックスで、「君だけに・・・」と客席を指差すと、コンサートでは失神者が続出したらしい。それほどGSの人気は過熱した時代だった。
タイガースのメンバーは他に、トッポ(加橋かつみ)、サリー(岸部一徳)、タロー(森本太郎)、ピー(瞳みのる)、後にトッポの脱退で加わったシロー(岸部シロー)。
「君だけに愛を」は、オリコンではBEST20に初登場し、翌週には一気に2位に上昇したが、「帰ってきたヨッパライ」の異常とも言えるヒットのため1位になることはなかった。同じ年にザ・タイガースは「花の首飾り/銀河のロマンス」・「シー・シー・シー」を発表しオリコン1位獲得、このあたりが絶頂期といえるだろう。
しかし、嫁さんによれば、ジュリーはソロで「勝手にしやがれ」を歌った時代が一番かっこいいらしい(笑)



